【歴史小説】暁の鐘の音(最終回)  本郷新二

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暁の鐘の音(最終回)           本郷新二

「世が平穏ならば、あるいは、これほど悩むこともないかも知れぬ…」
と、惣右衛門は深いため息をついた。
書架のとなりで、燭台の灯が揺れている。
倅の与六を若殿喜平次の近習にというお召しそれ自体は、喜ばしいことにちがいない。
しかし、素直にその気持ちに従えないのは、戦国乱世に時代に、国境の地に生きる者の宿命とも言えた。
樋口家の再興を願う惣右衛門—。
上杉と武田のはざまで揺れる泉家とおいとー。
いずれも一族の繁栄と安泰を願っている。
上杉謙信と武田信玄—。
武田の背後には織田がいる。織田は京に近く、そのうえ関東の武田とは、すでに同盟を結んでいる。いっぽう、上杉は一年の半分が雪に埋まる北国にある。形勢は、あきらかに織田武田同盟に傾いている。
惣右衛門とおいとの願いをかなえるならば、勢いのある側、すなわち武田方につく方がよい。
これまでの経験を活かせば、武田方に入っても、それなりの実績をあげる自信もある。樋口家の再興も、泉家の安泰も、叶える手立ては見つかろう。そして、乱世は、この惣右衛門の選択を許してくれるだろう。
そこまで考えた惣右衛門は、
(しかし…)
と立ち止まった。
樋口家の再興を思うとき、いつも心に引っかかることがあった。
主君の木曽義仲の死を知って京に討ち入り、敵に捕らえられた樋口兼光が選択したのが、命乞いであった。
兼光は、生き延びることで樋口家の存続と繁栄の機会を得ようとしたのだろう。しかし、その願いは受け入れられず、源頼朝は兼光を打ち首にしてしまう。その後樋口家は、三百年にわたって雌伏の歳月を送る身となったのである。
(兼光の最期は、命乞いでよかったのか…?)
折に触れ、思い浮かぶ疑問の答えを出せぬまま、何年も経っている。
家の存続を願うこと、そのこと自体は正しいことで、なんら非難されることではない。しかし、なぜ引っかかるのか?
(兼光の命乞いは、義だったのか、それとも利だったのか…?)
惣右衛門は、そう問い直してみた。
そのとき、不意に、「自分が義に立っているか、利に立っているか、それが明らかになるのは、どんな時だと思うかな」と言った存達の言葉が思い起こされた。
兼光は、主君義仲の目指すものを義と信じていたのだろうか。もし義と信じ切っていたなら、そこに樋口家の未来を託し、命乞いなどしなかったのではあるまいか。
存達は「利もまた義なり」とも言った。
たしかに、利を求めることも正しいことだ。とても不義であるとは思えない。
しかし、大義の前では、利は小義なのだという意味であろう、と惣右衛門は思った。
(そうか。兼光は、義仲の求める大義に自分の命にかけることが出来ずに、樋口家の存続という小義を選択したのだ。それが命乞いだったのだ)
義仲の追い求めた義と、兼光が求めた義との間には、大きな隔たりのあることに、惣右衛門は思い当たった。そして、
(兼光は、義仲と頼朝のはざまで揺れた。この俺はいま、上杉と武田のはざまで揺れている…)
兼光と同じ轍を踏んではならない、と惣右衛門は思うのだった。
喉に刺さっていた小骨のように、長い間惣右衛門を悩ませ続けるものの正体が、ようやく見えてきた。
惣右衛門の脳裏に、数日前に与六が読んで聞かせてくれた「陂を決して魚を取るは、是れ一期の利を取るなり」という唐人の詩が蘇った。
まだ幼い与六でさえ、自らの身の危険も顧みず、吾吉らを助けにいったではないか。
与六が近習に取り立てられることを嫌っていた熊五郎も、その与六を救うために命をかけて流れに飛び込んだではないか。
惣右衛門は、自分の心の迷いが恥ずかしくなった。
(俺は、兼光と同じ過ちを犯そうとしている…)
気付くと、蝋燭の火も絶え、部屋は夜のとばりに沈んでいた。
惣右衛門は、家人に気付かれぬように、そっと家を出た。
夜明けには、まだ間があった。一番闇の深い刻限だ。
足は、雲洞庵に向かっていた。
星だけが、漆黒の夜空に瞬いていた。

惣右衛門は、雲洞庵の御堂で座禅を組んでいた。
夜陰に沈んでいた御堂が、いくぶん明るくなってきた。夜が白みかけているのだ。
惣右衛門は考え続けていた。
与六を喜平次の小姓に差し出すか否か―。
飯山の泉家に、どう答えるか―。
本心に対峙する惣右衛門は、存達が御堂に現れたことにも気付かなかった。
存達は、ちらりと惣右衛門の背中に視線をやっただけで、音も立てずに鐘楼に向かった。
(目先の損得を考えれば、飯山の泉家からきた誘いに応じ、武田方に与した方がよいかもしれぬ。しかし、樋口一族の末代に思いを馳せれば…)
惣右衛門は、ふたたび木曽義仲に仕えた先祖樋口兼光の生き様を思い起こし、辿ってみた。
(義を欠けば、いずれ滅ぶ。そして悔いのみが残る…)
思えば、謙信は、義のためには兵を起こすが、私心で戦をし人を殺すことはしない。それが織田信長とまったく違っているところだ。
惣右衛門の脳裏に、択一すべき二者の輪郭の違いがはっきり浮かんできていた。
(目先の利より後世の利を求める。それが義というものかもしれぬ…)
ほ―っ、と大きく息を吐くと、惣右衛門は、半眼のまま座り続けた。
気が、ゆっくりと丹田に落ちていく。
やがて―。
ゴォーン…、という鐘の音が、低く太く、惣右衛門の背中を押した。
存達の突く暁の鐘であった。
しずかに目を開けると、惣右衛門は本尊を見上げた。    (完)

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