水島あやめは、脚本懸賞で「お坊ちゃん」が一等当選し、大正15年1月に松竹蒲田に正式入社した。それ以来、「母よ恋し」「?」「いとしの我子」「曲馬団の少女」「「愚かなる母」と立て続けに公開された。スターづくりの名人城戸四郎が「いろいろな役で、とにかくトントン、トントン出してやる。その調子をすくなくとも一年はつづける…すくなくとも一年に七、八本は出さなければならない。」と言ったが、水島の場合の7作目が、この「恋愛混戦」であった。
7作のジャンルをみると、社会劇は「お坊ちゃん」とボツになった「?」の2作。母ものと少女悲劇に類するものが「母よ恋し」「いとしの我子」「曲馬団の少女」「愚かな母」の4作。さらに、恋愛ものとしては「愚かなる母」の後半と「恋愛混戦」の2作となる。さらに、7作のなかで、新派調のみならず喜劇にも挑戦していることがわかる。
また、水島あやめ(24歳)は、この7作を通じて、新派調の母もの、少女悲劇など「お涙頂戴もの」の第一人者としての地位を獲得。全国の女性ファンの心を掴み、松竹蒲田の一ジャンル「女性映画」を担うことになる。それは、脚本家として独り立ちできたことを意味する。
こうして、プロデューサー城戸四郎による女性脚本家水島あやめの売り出しキャンペーンは一段落する。次作「木曽心中」が公開されるのは、7ヶ月後の8月26日になる。
2014/12/13
no.197